患者さんの声

腎不全治療の患者体験談|残腎機能を生かす腹膜透析

残腎機能を生かす腹膜透析

匿名希望
(56歳・男性・東京都)

私は20歳代からときどき、会社の定期健康診断で「尿にタンパクが出ていますね」と指摘され、「腎臓に異常があるかも知れないから再検査を受けるように」と言われてきました。そこで精密検査を受けてみるのですが、たいてい「大したことはありません」と“無罪放免”となってしまうのです。それで、自分は尿検査にひっかかりやすい体質なのかな、とあまり気にかけていませんでしたが、いつも「血圧が高めだね」と言われるのが気になっていました。

難しかったタンパク質制限

健康診断のとき「腎臓に異常がある」とはっきり言われたのは40歳代半ばで、このときは大病院での精密検査を指示され、その病院で血液検査のほか超音波エコーなどの検査を受け、「多発性のう胞腎」という病名が付けられました。さらに腎臓の機能が低下し始めているというのです。腎臓が悪くなっているかも知れないとは前々から感じていたので、ついに来たかという気持ちでした。

「このまま働き続けられるだろうか」というのが何よりの気がかりで、家族の暮らしに対する不安を抱えてしまいました。「多発性のう胞腎」と診断されてから、言われた通りの食事制限を始めましたが、食べ物からタンパク質を減らすという暮らしは大変でした。

家族と一緒に食事をし、いつも通り出勤して会社で働き、付き合いなどをこなしながらの食事制限ですから、なかなか思い通りにはいきません。今の世の中は、野菜より肉を食べた方が安いし簡単なので、みんなに合わせないわけには行かないのです。ただ最近は成分量を表示している食品が増えたので、いくらかやりやすくなりました。

しかしタンパク質制限がうまく行かなかったせいか、腎不全になり、ついに医師から「透析の導入を考えましょう」と告げられました。このときは「まさか」という気持ちと、「とうとう来たか」という思いが交錯し、目の前が真っ暗になってしまったものです。ともかく透析を始めたら普通に働けなくなり、生活もできなくなる――というのが私の理解でしたから、「これで人生も終わりか。廃人になってしまうのか」と、どん底に突き落とされる思いを味わいました。

しかしやがて、病院の待合室のポスターで見た「透析」という言葉に親しみを持ち始めました。仕事が製薬会社勤務なので、腹膜透析という言葉は前々から知っていたので、主治医の先生が「仕事を続けたいなら、これがいいでしょう」と勧めてくださったとき、すぐ腹を固めることができたのです。

いま各地の病院や専門クリニックで行われている「血液透析」は、週3回程度の通院が必要で、1回4、5時間は横になって安静にしている必要がありますが、「腹膜透析」は自宅で自分でできる透析だと聞いていました。特に就寝中に器械で自動的に腹膜透析を行うAPD法は、昼間の時間帯は自分の自由になります。

自宅で寝ている間に進む透析

腹膜透析を紹介するビデオを使って先生が丁寧に説明してくれたので、腹膜透析のことが納得できました。一番知りたかったのは「自宅でやっても安全か」でしたが、決められた手順に従えば危険のないことが分かり、ほっとしました。そして透析だけでなく仕事への自信さえわいてきたのです。

要するに「透析」というのは、体内にたまった余分な水分や老廃物を取り除いて浄化することですが、血液透析で使う人工膜と違って自分の腹膜を活用するのだと教わり、何とも自然でなじめそうな感じがしたものです。お腹の中の膜が人工膜と同じような働きをするというのも驚きでした。

腹膜透析を始めて、本当によかったと思います。治療前にあったむくみがすっかり消え、体調もよくなりました。ほとんどの治療は夜間の約8時間ですんでしまい、おまけによく眠れます。昼間の生活は以前とはほとんど変わらず、健常人なみに働いています。自分に障害があることなど、昼間はほとんど忘れているのです。

腎不全になれば、透析日には何があろうと病院に通わねばならず、仕事は無理と思っていましたから、普通に働ける暮らしは夢のようです。今は会社から帰宅後、家族と一緒にのんびり過ごせるのが一番の楽しみで、休みの日には連れ立って出かけたりもします。最近はあちこちで、患者の「QOL」とか「生活の質」という言葉を聞くようになりましたが、自分の場合、以前とほとんど変わらず仕事を続けられていることに当たるのだと実感しています。

透析施設へ1日おきに通っている仲間たちの中には、「腹膜透析は腹膜炎になりやすいので良くない」と説明された人もいるようです。しかし腹膜透析を体験してみて、これは簡単で安全な治療法だと確信しました。これから透析を始める人は、QOLを保つ上でも、血液透析より先に腹膜透析を試してみるべきだと思います。

【担当医からのひとこと】

血液透析と比べた上で選択

吉川 憲子 よしかわ のりこ
東京医科大学八王子医療センター
腎臓内科

慢性腎不全で透析療法を必要とする患者さんは、高齢化に伴って年々増加傾向にあり、透析医学会の調査によると2007年末で約27,500人にのぼります。しかし腹膜透析療法は、その3.4%の約9,400人に過ぎません。昨今は人工透析が必要になった場合、腹膜透析と血液透析について長所・短所を説明した上で、患者さん自身に選択していただく施設が増えており、この患者さんの場合もその手順を踏んだ上で選択されました。

腹膜透析は残腎機能が温存されやすいので、慢性腎不全の代替療法として最初に腹膜透析を導入し、残腎機能の低下に合わせて血液透析を併用または移行する「PDファースト」という考え方があります。多発性のう胞腎は比較的、残腎機能が保たれやすい点でも向いていると言えます。当院と患者さんの職場が近いので、徒歩で通勤される姿をときどき見かけますが、病気の気配を微塵も感じさせず、医療者としても喜ばしく思います。

医療の進歩により血液透析も腹膜透析も安全に継続できるので、決して透析を始めたら人生が終わるというわけではありません。夜間のAPDで仕事を継続することも可能です。個々のライフスタイルに合わせた療法選択をしていただきたいと思います。しかし、腹膜はもともと透析をするために存在するのではないので、腹膜透析を継続できる年数には限りがあることは念頭に入れておく必要があります。

■ 腹膜透析


写真上:自動腹膜灌流装置
写真下:腹膜透析液

週約3回通院し1回4~5時間かかる血液透析に対して、家庭でも続けられる透析方法。人工合成膜ではなく、自分の内臓の表面を覆っている「腹膜」をろ過器として利用し、お腹の中に透析液を出し入れすることで血液中の余分な水分や老廃物を体外に排除する。夜寝ている間に器械を使って自動的に透析液を交換するAPD法と、日中数回(1回約30分)透析液を交換するCAPD法がある。自動腹膜灌流装置はレンタル、透析液は処方箋に従って自宅に配送される。

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